九谷焼の縁起置物 "獅子" って何?
九谷焼の獅子、よく言われるのが沖縄のシーサーとは違うの?という質問です。まあ縁起物というかこういう守護神的な置物には色々な説があるので一概に違うとは言えませんが持論においては別物と言えます。姿形は似ていますが沖縄のシーサーは沖縄独自の文化の中で愛され育てられてきた置物であり、獅子とは違うものだと思います。
ただ生物学上の表記なような見解を示すと○○科○○種みたいな部分では共通する部分も多いかと思います。しかしこの九谷焼の獅子、一見して判る通り全身を立体的な紋様で覆っているために、なかなかの迫力とグロテスク感があります。
正直、こどもの頃、店頭で販売しているこの獅子が怖くてたまりませんでした。鮮烈な色合いと鋭い眼光、そしてサイズ的にかなり大きなものもあったので近寄りさえしませんでした。何より売れないまま何年も鎮座している姿に、すでに神仏的な存在感を感じました。
獅子の縁起物としての特徴
この九谷焼の獅子、かなり昔から作られていたようです。今でこそ九谷焼の縁起物と言えば招き猫やフクロウといった可愛い系の縁起物が主流ですがもともとはこの獅子が縁起物の主流だった時代が長くあったようです。今でもドラマや映画のセット背景の中に数十年前の獅子が映り込んでいるところをよく見かけます。また老舗の旅館様にも飾られていることが多いです。
さて縁起物とはいえこの獅子、招き猫やふくろうのような福を招くタイプのものではなく邪を払う、邪気から守る、という感じで内に不幸を入れないタイプの縁起物となります。こうなると縁起物というよりは守護神てきな置物と言えるのでしょうか。近年主流の福を招きにいくオフェンシブなものではなくディフェンシブな縁起物となります。
また九谷焼の獅子でいわれるのが眼光の向きです。視線が上の場合は遠くを威嚇する為、視線が足元近くの場合は身近な脅威から守るという意味合いがあると聞いたことがあります。確かに作品によってそれぞれ視線の方向が違うようにも感じます。
加賀百万石という大国を築いた前田家の繁栄はもしかしたらこの九谷焼の獅子も一役かっていたかもしれないと思うと浪漫を感じます。
現代では再現不可能ということも
陶磁器の置物を製作する際、一番最初の工程が原型と呼ばれる形状を粘土で作るのですが(これは現代のフィギュアの工程と同じです)この原型を作る原型師がほとんどいない状況です。もちろん世の中にはフィギュアやプラモデルの原型を作る原型師がいるのですが陶磁器の原型師は違う考え方を持つ必要があるからです。それは陶磁器である為に型から抜く際、ひっかからず抜ける形状をイメージ、計算することが必要になります。素材がプラスチックや樹脂のフィギュアなどの場合はあまり気にせず精巧さを追求することができます。
ゆえに陶磁器専門の原型師でないと焼き物の置物は製作できないということになります。もちろん現代において3Dプリンターなどの技術もあるので利用すればいいところですが結局、基データを作る際に型から抜ける形状を理解している必要があります。
さらにこの現存する獅子を作る型を再度、再現しようとすると莫大な費用がかかります。パーツごとに型があるため複数の型から構成される獅子は1つの型の製作費が10万円近くする為、すべてを揃えると百万円を超えてきます。
先人たちが残した奇跡の形状を持つ獅子の型をこれからも大切に使っていかないと、この獅子という九谷焼の縁起物の礎となった作品は消滅してしまう可能性を持っているということです。そんなことを考えながら獅子をあらためて眺めてみると本当に巧みな形状であることが解ってきます。
ここ数年、少しづつ獅子へのご注文も増えてきております。それは世の中が予想できない不安要素が多く、いつ何が起きてものおかしくない時代だからこその心のどこかにある不安感を払拭するための心のよりどころとして求められている気がします。
もはや九谷焼の縁起物の中でも絶滅危惧種だと言っても過言ではない獅子ですが個人的にはいつか新たな形状で次の時代の獅子を作ってみたいと思います。
九谷焼獅子はこちらです。
九谷焼専門店 和座本舗
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